📷Pentaconカメラの知られざる歴史〜東ドイツの刑務所と強制労働

アナログカメラ Pentacon Praktica(ペンタコン プラクティカ)をご存知でしょうか? 東ドイツのドレスデンにあったVEB Pentacon(Volkseigener Betrieb/人民所有企業)で製造されていたこのカメラは、多くの写真愛好家に愛されています。でもこのカメラには暗い歴史が横たわっています。

Pentaconカメラのハウジング(筐体)の多くは 東ドイツの刑務所で打ち抜かれていました。 これらの刑務所では強制労働が行われ、非常に劣悪な環境で知られていました。
囚人たちは暖房のない独房や、「人間の消費に適さない」と印字された食糧、 不十分な医療体制などを強いられていました。
また、そこには「本物の」犯罪者だけでなく政治犯も多く収容されていました。シュタージ(国家保安省)から東ドイツ脱出の疑いをかけられた人々、西側のメディアを消費した者、あるいは「間違った思想」を持っているとされた人たちです。

驚くべきことに、ドレスデンの自由なVEB Pentacon工場にはハウジングを打ち抜く機械がわずか10台しかなかったのに対し、Cottbus(コットブス)刑務所内には40台が設置されていました。

強制労働が国家の生産体制の一部として深く組み込まれていたことが伺えます。
そして当時の西ドイツ政府は、東ドイツの刑務所に収監されていた一部の囚人を買い取り、壁を越えて西ドイツへ移送し解放しました。
西ドイツの法律では到底許されない理不尽な東ドイツの囚人のために「身代金」を支払ったのです。

東ドイツは世界市場で使用できる通貨を、主に共産主義諸国との貿易のために切実に必要としていました。自国通貨(マルク)は国際貿易では無価値だったため、囚人をドイツマルクや米ドルで売ることで「外貨」が流入し、東ドイツにとって不可欠な収入源となっていたのです。

同様に、刑務所の強制労働によって作られた他の製品も、外貨で西ドイツをはじめとする国々に極めて安価で販売されていました。当然ながら刑務所と西側企業の間で直接取引が行われることはありませんでした。国連は国家監督下の刑務所労働を認めるが、私的利益目的の労働は禁止しています。そのため、商品の真の出所を隠す複雑な仲介システムが巧妙に構築されていたのです。